ルパン三世と銀幕のスターの腕時計に見る美学・哲学

バナー画像は「殺人狂時代」より引用

ネクタイはCountess Mara、クルマは愛しのフィアット500。ファッションにも一切の妥協を許さない大泥棒・ルパン三世。そのこだわりはもちろん、手首に輝く腕時計にも表れる。

クラシックなドレスウォッチを想像する向きもあるかもしれない。

だが、ルパンの選択肢はもっと実用的で、ハードボイルドだ。ダイバーズウォッチや防水仕様の高級時計など、彼の仕事=“盗み”に耐えうるツールとしての機能が求められるのだ。

その前に、60年代に活躍した銀幕のスターたちの腕元に目を留めたい。

時計は語る──昭和ノワールに刻まれた“男たちの選択”……60〜70’sヒーローの腕元にRolexが光っていた

いま見返しても、その映像と空気には引き込まれる。1960年代後半から70年代、日本映画がまだ独特の緊張感と美学をまとっていた時代──その銀幕の中で、ひとつの小道具がひそかに男たちの輪郭を強調していた。腕時計だ。

1967年、岡本喜八が描いた異色作でカルト映画として密かに語り継がれる『殺人狂時代』。本作にて仲代達矢が演じた、ひとクセありの主人公・桔梗信治は、愛嬌と知性が紙一重の犯罪心理学講師。過去に何かを抱えた桔梗のもとに、殺し屋たちが次々と現れる。すべては、秘密結社「大日本人口調節審議会」の首魁・溝呂木(天本英世)の差し金だった。

こちらは「冴えない中年」からイケオジにイメチェン後の桔梗である。画像は「殺人狂時代」より引用

桔梗信治の手首には、ロレックス・サブマリーナ・ノンデイト。過剰な主張を避けながらも、タフネスと信頼性を兼ね備えた一本を選んだ。

水中対応のダイバーズウォッチを巻く犯罪心理学の講師――その装備は、彼が潜る「目に見えぬ深海」の比喩かもしれない。

安アパートに暮らし、インスタントの明星ラーメンを二玉一度に食い、ボロのシトロエン2CVに乗り、腕にロレックスを巻く桔梗。皮肉なバランスだ。

シトロエン2CVといえば、クラリス姫がカリオストロ城から必死の逃走劇を魅せる際に駆っていた、あのフランス製の大衆車。実際、公開当時は宮崎駿の愛車だったという。

ただし桔梗の2CVは、20キロ以上出ず、車泥棒(のちの相棒)から逆に説教される始末。

そんなシリアスとハードボイルドの狭間にある桔梗の妙なアンニュイが、『殺人狂時代』と『ルパン』の空気を妙にリンクさせる。むしろ、主人公・ルパン三世に毎度挑みかかってくる同業者や殺し屋たちとルパンが、命の駆け引きをする最中でも、どこか滑稽さを拭えないあの独特の世界観はモンキー・パンチの原作に近い感じもする。

しかし、果たしてこれは偶然か。

いいや、実は確信的な事実が一つだけある。

『殺人狂時代』の脚本に名を連ねているのは、後にテレビアニメの脚本家としても活躍した山崎忠昭。そして彼が手がけた一本が、『ルパン三世』第1話――「ルパンは燃えているか…?!」だった。

中盤、迫撃砲の着弾地となった自衛隊演習場に誘い込まれた桔梗と相棒のビル。砲弾の雨が迫る時刻をサブマリーナは刻々と刻む。画像は「殺人狂時代」より引用

しっかり2つの作品に世界観のつながりがあったのだ。

それにしても、この『殺人狂時代』、食事シーンが数回出てくる。桔梗のインスタントラーメン(明星ラーメン)の一気喰いからの週刊誌記者・鶴巻啓子と喫茶食堂でのペペロンチーノ(銀皿である)、レストランでのスピリチュアル勧誘の男のトンテキ、食へのこだわり。みな美味そうに食っているモノである。白黒映画であることが惜しい。

ちなみに余談だが、「機動警察パトレイバー」のコミカライズを担当した、漫画家のゆうきまさみ氏によれば、後藤喜一小隊長の飄々とした性格は桔梗信治のそれがモデルとなっている。後藤隊長はアニメ版のイメージが強いが、元ネタが桔梗信治であるなら、気怠さと剃刀のような頭の回転の二面性を併せ持った桔梗をほぼ踏襲しており、声優・大林隆介の絶妙な演技に舌を巻く。

一転して、加山雄三が冷徹なスナイパー・松下を演じているのがハードボイルドの金字塔『狙撃』(1968)である。松下が身につけていたのは、ロレックス・デイトジャスト。

どこかの犯罪心理学者の着けていたサブマリーナほどの武骨さはないが、その代わり、完璧に計算されたデザインと、時間に一分の狂いも許さない精密さが、松下というキャラクターの“内なる規律”を象徴している。

刻々と迫る目標の新幹線の通過時刻。ロレックスに目をやる松下。風向きを窺い知るためのタバコ。風は流れる。

長身の加山と、トヨタ2000GT、デイトジャスト、そして狙撃銃。

映画俳優とROLEXといえば、高倉健のエピソードも知られたところだ。競演者に自分のイニシャルを入れたROLEXをプレゼントしていたという。

駅 STATION(1982)』では、劇中で刑事・三上英次を演じる高倉の腕元にはサブマリーナがよく似合っていた。

出典:東宝 「駅 Station」1981年

高倉健さん主演の映画 「駅 STATION(1981)」に実銃ニューナンブが登場!

昭和のスクリーンに登場するこれらの時計は、単なる小道具ではない。それは「男が自分を定義するための最後の装備」であり、「己の美学に従って戦う者の証」でもあった。

ロレックスが彼らに選ばれたのは、偶然ではない。戦後の復興期、ロレックスは“本物”であることの象徴だった。過剰な装飾のない美しい機構、どんな過酷な状況下でも正確に時を刻む信頼性──まるで、それを身につける男たちの内面そのものを映し出すかのように。

そして今。クールさとは何かが再定義されつつある時代に、もう一度あの時代の“静かに燃える狂気”を想起する価値は大きい。

ルパン三世の“腕時計”に彼らなりの生き様と美学を見る

ルパンに話を戻そう。

実際、1971~72年に放映されたルパン三世ファーストシリーズでも、“腕時計”に彼らなりの生き様と美学を見出すことができる。

SEIKOのような国産ブランドを選ぶこともあり、そこには「性能」のセレクト基準が垣間見えるが、どちらかと言えば、世界的な高級腕時計を選ぶ彼ら。

第11話「7番目の橋が落ちるとき」では、次元大介が橋の爆破装置を捜索するため川に潜る。そこで必要とされるのは、水圧にも耐え、確実に動作する堅牢な時計。まるで特殊部隊ネイビーシールの装備品選定のような厳格さを漂わせている。

ルパン三世の愛用腕時計で最も有名なのはフランスのイエマだろう。

ルパン三世 1st series 第1話「ルパンは燃えているか…?!」ではルパンと次元、両者の腕時計が大写しになるため、腕時計ファンにとっては、見逃せないエピソードである。

特に次元大介に関して言えば、全てのシリーズを合わせると、少なくとも3つのブランドの腕時計が確認されている。

まずは、ファーストシーズンで早々にお目見えしたのが、ゼニスの「エル・プリメロ」。

そして後のシリーズではロレックスのサブマリーナやオメガのスピードマスターへと乗り換えている。

中でも次元を象徴する一本といえば、ファーストシーズンにおけるゼニス「エル・プリメロ A384」にほかならない。

興味深いのは、次元がこのモデルのカラーバリエーションも所有していることである。作中では“パンダカラー”と呼ばれる文字盤とインダイヤルの白黒配色モデルを身につけていたことも。

この時計にはひとつの逸話がある。2019年、ゼニスが日本限定のコラボレーションとして、次元大介モデルを発表。わずか50本の限定生産であり、次元という存在がスイスの名門腕時計メーカーを動かした一幕となった。

この時計へのこだわりは、作品スタッフの趣味によるところも大きい。たとえば、ルパンがよく乗るフィアット500は大塚康生監督の愛車。だから時計もまた、キャラの内面を映す小道具以上に、スタッフの“愛”がこもった選択肢なのだ。

さて、先ほど次元大介とゼニスのコラボの話を取り上げたが、日本の大手時計メーカーのオリエントも、かつてはルパン三世とタイアップしたことがある。それも古い時代である。

現在ではSEIKOもまたルパン3世とコラボしている。

もっとも、企業イメージを重視する大手ブランドが「怪盗とのコラボ」に当初躊躇したかは定かではない。英国スパイや考古学者とは違い、ルパンはれっきとした“犯罪者”なのだから。

とはいえ、ルパン三世は快楽殺人者でもなければ、ケチな詐欺師でもない。“暇つぶしで盗みを働く男”であることを。

かつて、ファーストシリーズの演出家・大隅正秋は、彼を「祖父の財産を相続し、退屈しのぎに盗みに手を染めるアンニュイな男」として描いたが、その設定は視聴率的には不発に終わった。

その後、演出家が高畑勲・宮崎駿コンビに交代し、シリーズは子供向けコメディへと舵を切る。結果として、今の“明るくて軽妙な大泥棒”というルパン像が確立されたのだ。

だからこそ、彼の選ぶ時計にも“実用と美意識のバランス”が宿る。

ルパン三世は「盗む」ことに人生をかけるプロフェッショナルだ。その腕にあるのは、自己満足でも浪費でもない。“時間すら盗む男”の、真剣勝負の道具としてのこだわり。

腕時計は語る。
言葉よりも雄弁に、その男がどんな人生を選んできたかを。